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私信4(3の方へ)
私の言語表現だと

「アンオフィシャルの異性愛は、オフィシャルの同性愛(などのマイノリティな性指向)より肩身の狭いものである」

となるんですが…過程はともかく、結論はたぶん似ているかと。
「人格を認める」を「オフィシャル情報と、そこから類推可能なものや「らしさ」に忠実である」と読み替えても許されるならば。
ただ原理原則でいくならば「女性向け創作」は「ホモエロ創作」の言い換えではなく一部分、でしょう。男性同性愛者向けのと異性愛女性向けのとでは描写が違うらしいので。
原理原則をともかくとして現実的文脈だけで語るならば、現在の日のあたる(orマスコミ露出のある)市場に出回っているホモエロ創作はことごとく異性愛女性向けなので「言い換え」ですけどね(苦笑)。

私も常日頃FF4やSWの人物たちに罵詈雑言を手向けていますが、本心から侮蔑的な言葉を向けるのは好みません。
彼らの人格(「人格設定」「らしさ」…言葉はいろいろ)を歪めるのも。
# 無論、解釈のブレは仕方ないものとして

でも、それが現実世界の人間に対するそれと同じかというとちょっと違うな…。
どう違うかうまく言えないんだけれど。
2次元の存在は「3次元世界において影響力を持つ名誉」を持たないのが違う理由かな。なんか語弊がありそうだ。

まさにご指摘どおり「自分以外の人格は物語のようなもの」なわけで。
いろいろ突き詰めて考えると、いかな愛も結局は自己愛の投影か…と考えかけた所で思考を放棄します。
その考えは私にとって容赦ない説得力を持つ心地いいものだけれど、同時に余りにも絶望的だ。

ところで追記の「それと」以前の部分って私の発言を受けてのものでしょうか(汗)。
「それと」以後は身に覚えがあるんですが(びくびく)。

ああ、でも本当に、愛していると叫ぶだけで免罪符になるならどれだけお気楽で幸せだろう。
私信 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | by すばる
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