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メタフィクションか曲解か
以前「(あんな禁じ手を出してのけたなら)とにかく皆が救われさえすれば甘っちょろくても構わない」「ユーザがそのエンディングに納得しなくてもいいから」と言った身です。
とりあえずハッピーエンドで良かった、と微笑みます。

物語構造解釈はともかく、「作者側の事情の推測」に類するメタ解釈は積極的にすべきでない(野暮だ)と私は思ってます。
でも、そのテのメタ解釈をすることで辛うじて冷静さを保てることもあるのです。

以下、FF4TA 終章後編を楽しんだ方、および未プレイのかたはどうかご覧にならないで下さい。徒らに嫌な思いをさせたくないから。

自分でも邪推だと信じたい。でもスクエニ社員さんには読んでほしい。
終章後編があまりにもメタフィクショナルなので、これは意図的な描写であると仮定します。(シナリオ本筋で「他のFFシリーズ」のボスが出る/ラスボスの正体と名前)

[ 追記 ] その仮定が正ならば「これは作り物、虚構だ」と宣言されているのだから FF4 世界の一部として受け取るに値しない(受け取りたくない、ではなく受け取るいわれがない。)のだけれども、 [ /追記 ] すると読み取れるのは

  • FF4DS はファンの意見をフィードバック「してあげた」つもりだったのにそのファンに文句言われて時田氏の立場なし(or ファンに「ムカついて」いる)
  • 時田氏はもう FF4 に一切関わりたくない
  • スクエニは(FF7 でやったように)FF4 派生作品をさらに出したがっている
  • それに反対している社員は存在する
  • 出るとしたら月の民関連か召喚士関連

という感じかと。
もし終章後編にメタフィクションとしての意図が全くないのだとしたら……

  • 時田さんは精神的にそうとうまいっているようですからカウンセリング受けて下さい
    (これはカイン編ならび終章前編でも思ったこと)
  • 仮に(そう、仮に) FF4TA でやりたかったことがキャラを描くことだけだったとしても、こんな「全ての元凶」なら私は FF4TA をなかったもの扱いしたいです。
  • もし FF4TA で「物語を描く」ことをしようとしてあの展開ならば、貴社にマトモな文系がいらっしゃらないものとみなします。

1991年当時にゼムスがデウス・エクス・マキナだって批判されたのに、今回のはそれ以上にデウス・エクス・マキナだもの。しかもメタフィクションの気配が濃厚な。
「何かの冗談でしょ?」と、ひたすらそればかりリピートしています。
まさか「動乱の原因」がこう描かれるとは思わず、FF4TA に対し「オリジナル版の亡霊に捕らわれていなければ楽しめるかも」と思ってきました。しかしこれでは亡霊に捕らわれてなくても批判したくなるのでは。むしろ今までの経緯をご存じない方のほうが怒りが大きいかもしれません。(過去を知っている者は「ああ、今度もやらかしたか」という否定的な耐性ができてしまっているから)
亡霊に捕われている私は怒りを感じていません。
ただ、終章前編の「かりそめの命を与えられ強制的に蘇らされた」面々と「FF4」がオーバーラップして仕方なく、これ以上「FF4 のゾンビ」が出ないよう眠らせてやる手はないものかと思うに至りました。すなわち尊厳死を与えるすべを。
(法的にはスクエニから権利を買い上げてしまえばいいのだろうけど、
 さすがにそんなお金はないしあってもそんなことに使いたくない/笑)

もう FF4 関連商品は中古で買うことにしてしまおうか。ゲームのみならず書籍やCDも。決してスクエニの利益が発生しないように。出すだけ赤字になるように。
そうすればこれ以上の派生作品の「乱造」という悲劇は少しなりと回避できるだろうか。(きちんとした作品ならいいんだ、きちんとしていれば)
ウチのサイトは書籍やCDの情報をまとめようとしてきた。でも今の更新頻度なら中古が出るまで待ったって構わないでしょう。
ねえ、私が「からっからに乾いた冷たい微笑み」を FF4 に対して浮かべてるっておかしいよ。
「CELTIC MOON」の FF4 メインテーマが衝動的に聞きたくなってリピート再生しているけど、18年という時間は長いものだなと何ともやるせない。


※メタフィクション:
 ブラック・ジャック先生が「ページの都合」とか「これはマンガですからな」と
 作中で言っちゃうように、フィクション内で「これはフィクションである」と
 示すこと。普通はギャグの文脈でしかやらないが、FF7 が揶揄された際に
 引き合いに出された「エヴァンゲリオン」はまさに最終作でシリアスの文脈で
 やらかしたそうな。聞いた話では監督が完全にやる気をなくしていたとかで。

※デウス・エクス・マキナ:
 1980年代の2時間サスペンスでは最後の20分になっていきなり話の流れと
 関係ない「真犯人」が登場し、勝手に動機を喋って自殺したものでした。
 つまり「伏線なしのご都合主義な終わらせ方」のこと。
 古代ギリシャの時代から批判されている手法。
 (ただし「神の登場」時の舞台装置のハデさが売りならば許容された模様)
FINAL FANTASY IV | permalink | comments(4) | trackbacks(0) | by すばる
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コメント
はじめまして。ノベライズの感想を求めて以前から何度か訪問させて頂いておりました。
私は逆でメタフィクションとして解釈をするとこのゲーム(というか終章後編の存在)を無かった事として考えたくなってしまいました。作り手が作品に対して思い入れがないと宣言されているようで辛いのでorz
ラスボス関連の話は、誰も止めなかったんだろうかと思います。だからのこそのセリフのような気もしますが……。
| Winder | 2009/01/11 2:21 PM |
FF4TA の上質なレビュー、完結まで本当にお疲れさまでした。
(実はずっと拝読しておりました)
お人違いでなかったとしたら mixi で「なぜスター・ウォーズマニアの足跡が?」と訝しく思われたであろうことに今更ながらお詫び致します。

さて、本人が考える事を拒否していたため本文に記載し忘れていた点を追記しました。
私も「メタフィクションだとしたらそのほうがロクでもない」と思います。
各所の感想やレビューを見ていて「ここまで話をひっぱっておいて、ちゃんと風呂敷を畳めるのだろうか」と月の民編あたりから不安に思っていたのですが…… Winder さんの心中お察し致します。
きちんとコンテンツにお金を払ってプレイした方々に顔向けする気ないだろ?とか作品を大事にする気がないなら出すな!とか、傍観に徹していた私でさえ叫びたいです。
| すばる | 2009/01/11 9:29 PM |
いえいえ、人違いではないです。
私の方も足跡でお名前を拝見した時、こちらの管理人さんかな?と思っていました。
レビューを見て下さって有難うございます。あんなツッコミと妄想ばかりの雑文で御恥ずかしい限りです。

プレイした当時は冷静さを失っていましたが、ノベライズ下巻の時田氏の言葉を信じる事にしました。
FF4への思い入れはまだ失っていないと。
絶妙な戦闘バランス、終わりの見えないレア狩りゲー、2Dドット絵のFFを久しぶりにプレイできるという高揚感、植松氏の素敵な新曲を聞く機会を与えてくれたという点では、料金の分は楽しみました。
よって私は『途中まで楽しんだけどオチが残念なゲーム』として記憶にとどめたいと思います。
本当に何とかならなかったんでしょうか……。未練が残ります。
| Winder | 2009/01/12 3:17 PM |
おや、音楽は植松氏だったんですね。
「ゲームとしては」モトがとれたというのは不幸中の幸いでした。
しかし……『途中まで楽しんだけどオチが残念』という事態はあまりにも残念というか、やはりユーザに対してそりゃないよというか……。

3月の FF4TA 小説版ですが、おそらく私のレビューはないと思います。どうぞご了承下さい。
(購入するかどうかも未定ですし、買ってもゲーム未プレイなため)
| すばる | 2009/01/15 1:08 AM |
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